レイテンシは物理距離でほぼ決まる
ネットワークの往復時間(RTT)は、経路長と信号の伝わる速度に支配される。日本国内の利用者から国内データセンターまでのRTTは概ね数ミリ秒から20ミリ秒程度、米国西海岸まではおよそ100ミリ秒前後、欧州までは200ミリ秒を超えることが多い。回線品質や経路で変わるため目安だが、桁の違いは設定では動かせない。
体感差が大きくなるのは、往復が何度も発生する処理である。TCPの接続確立とTLSのハンドシェイクだけで複数往復し、その後もHTMLの取得、CSSやJavaScriptの取得、APIの呼び出しと往復が積み上がる。1往復あたり100ミリ秒の差は、10往復あれば1秒の差になる。SSHでの操作も、入力から画面表示までの遅延がそのまま出るため、運用の快適さに直結する。
緩和策はある。静的ファイルはCDN(利用者に近い拠点から配信する仕組み)で距離を縮められ、HTTP/2やTLS 1.3、キープアライブで往復回数そのものを減らせる。ただしデータベースへの問い合わせを伴う動的処理や、認証を挟む管理画面の通信は、結局オリジンのサーバーまで往復する。日本国内の利用者が主対象で、応答速度が売上や業務効率に効くなら、国内リージョンを選ぶ理由は強い。
準拠法とデータの所在
海外事業者の利用規約は、多くが事業者の所在国の法律を準拠法とし、紛争解決の裁判所や仲裁地も現地に指定している。トラブルが起きたときに日本語で日本の裁判所に持ち込めるとは限らない。契約前に、準拠法と管轄を定めた条項に目を通しておく。
個人データを扱うなら、日本の個人情報保護法の確認が要る。個人情報保護委員会のガイドラインでは、安全管理措置の一つとして、データを保管する国の制度を把握する「外的環境の把握」が求められている。また、外国にある事業者に個人データの取扱いを委ねる形になる場合は、外国にある第三者への提供のルールが関わる。事業者が個人データを取り扱わない契約になっているクラウド利用は「提供」に当たらないという整理も示されているが、判断は契約内容による。詳細は個人情報保護委員会の資料を確認し、迷う場合は専門家に相談する。
保管国の法執行が及ぶ可能性もある。たとえば米国のCLOUD Actは、米国の事業者が保有するデータについて、保管場所が国外であっても開示命令の対象になりうる枠組みである。機微なデータほど、どの国の管轄下に置くかを意識して決める必要がある。
サポートの言語・時間帯・到達手段
国内事業者は日本語での問い合わせが前提で、受付時間や緊急連絡の設計も日本時間に合わせてある。海外事業者は英語のチケットやチャットが基本で、日本語窓口があっても対応時間が限られることがある。翻訳ツールで文面は作れるが、障害の切り分けはやり取りの往復が多い。時差のせいで1往復に半日かかると、復旧はその分だけ遅れる。
確認しておく点は四つある。対応言語、受付時間と自分の生活時間との時差、連絡手段(電話があるか、チャットやチケットのみか)、そして初動の目標応答時間である。夜間や休日に自力で一次対応できる体制があるかどうかで、必要なサポート水準は変わる。24時間の有人監視を自前で持てないなら、サポートの時間帯は選定の主要な軸になる。
支払い方法・為替・税務処理
国内事業者は銀行振込や口座振替、コンビニ払いなどに対応することが多く、請求は円建てになる。海外事業者はクレジットカードやPayPalが中心で、米ドルなどの外貨建て請求が一般的である。この違いは金額の大小より、経理の手間と月々の変動に効いてくる。
外貨建てでは、同じプランでも毎月の請求額が為替で動く。カード決済には、カード会社が定める海外取引の事務手数料が上乗せされる。手数料率はカード会社ごとに異なるため、契約前に自分のカードの条件を確認し、初回の明細で実際の引き落とし額を突き合わせる。年払い割引が外貨建てで提示されている場合、円換算で得かどうかは為替次第になる。
事業で使うなら税務も見ておく。国外事業者から受けるサービスは消費税の扱いが国内取引と異なり、インボイス制度のもとで仕入税額控除の可否が問題になる場合がある。請求書が英語のみで、日本の経理様式にそのまま載せにくいこともある。扱いは国税庁の情報を確認し、顧問税理士がいれば相談する。個人利用なら影響は小さいが、法人では毎月の処理コストとして積み上がる。
障害時にどこまで情報が出るか
障害時の情報公開は、国内か海外かよりも事業者ごとの差のほうが大きい。見るべきは公開の仕組みである。稼働状況を示すステータスページがあるか、更新をRSSやメール、SNSで受け取れるか、影響範囲がリージョン・サービス・時間帯まで具体的に書かれるか、復旧後に原因と再発防止をまとめた報告が出るか。
過去の障害報告は契約前に読める。数か月分をさかのぼり、更新の間隔と記述の具体性を見ると、その事業者の実際の運用が見えてくる。海外事業者では報告が英語のみのことが多く、緊急時に読み解く速度も考慮に入れる。SLA(稼働率の保証)がある場合は、稼働率の定義、除外条件、返金の申請方法と期限まで確認する。返金は自動ではなく申請制のことが多い。
選び分けの基準
次の順で当てはめると判断しやすい。第一に、利用者と用途。日本国内の利用者向けの動的なサービス、社内業務システム、決済や予約のように応答速度が体験に直結するものは、国内を基本にする。第二に、扱うデータ。個人データや機微な情報を保管するなら、準拠法と保管国の制度を先に確認し、条件を満たせないなら国外は候補から外す。第三に、運用体制。日本語サポートに頼る前提なら国内、英語で自力対応できるなら海外まで選択肢が広がる。第四に、費用と経理。外貨建ての変動と処理の手間を許容できるかどうか。
海外が有利になるのは、海外の利用者が主対象の場合、特定地域のリージョンや機能が必要な場合、開発・検証用で一時的な停止を許容できる場合である。両立させたいなら、本番は国内、検証や副系は海外という分け方もできる。まずは自分の用途で許容できる応答時間を数値で決め、扱うデータに課される制約を条件として書き出す。その二つが定まれば、候補は自然に絞られる。